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Kさんちのサンタクロース
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2007/12/05(Wed)
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ご近所のKさんの奥さまは素敵なマダムだ。
知り合いというわけではマッタクなく、時折お姿を拝見するのみなのだが… ご主人が高給取りのようで、奥さまは日がなノンビリお過ごしだ。 庭の花の手入れをしたり、愛犬とお散歩へ出掛けたり、気ままな平日。 このKさん、自宅を常に素敵に飾るのがお好きなようで、季節ごとに様々な装いをほどこされている。 で、今の時期はもちろんクリスマスモード。 数日前から、可愛いサンタクロースがベランダにちょこんと腰掛けている。 柊や、鮮やかなポインセチアに囲まれて。 仕事で帰宅が遅くなった帰り道、Kさん宅前を通ると、ちょっぴり癒される。 Kさん宅の手の掛けようは格別だが。 我が家の周辺は一応高級住宅街ということで、一戸建てがとても多い。 ウチは賃貸なので、引っ越してきた時は実はちょっぴり疎外感に淋しくなったものだ… ところが引越しが一段落し、ふと上を見上げて歩く余裕が出てきた頃、ご近所のサザンカが目に飛び込んできた。 これからめっきり寒くなるという冬の始めで、誰もが襟を立てて足早に逃げるように道を行くというそんな時期に、穏やかに堂々と咲き誇っていた。 武田鉄也さんの「♪冬を選んで咲く花もある〜」という、好きな歌詞が頭に浮かび、頑張らなきゃと勇気をもらったものだ。 それから、ちょうどほぼ一年。 春にはサクラを始め、ロウバイ、オウバイ、ツバキ、ツツジ、サツキ、バラ… 夏にはアジサイ、アサガオ、秋冬でも前述のサザンカやイチョウなどなど。 ご近所さんの花に何度となく癒され励まされ、この街も愛し始めたワタクシです。 |
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灰色の向こう
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2007/12/12(Wed)
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最近、仕事で子供と接することが多い。
下は小学六年生から、上は高校三年生。 以前児童劇団の舞台の手伝いをしていたが、ここ数年は離れてしまっていたので、子供たちと過ごすなんて久しぶり。 知らないこと、今知りつつあること…ちょっとしたことでも疑問に思ったり、怒りや悲しみを感じたり、喜びや楽しみを見出したり。 すっかり訳知り顔の単調なオトナになってしまった私には驚かされることも多く、彼らとの時間はなかなか楽しい。 ところで。 仲良くしている小学六年生のRちゃんが、このところ「恋空」にすっかりハマっている。 普段は一切読書なんぞしない彼女が、徹夜してまで原作を読んだそうで、映画版も涙が止まらなかったそうな。 周りのお友達も同じようなフィーバーぶりらしい。 そうして今は、同じく書籍化された携帯小説を次々と買い合っては、回し読みしているとか。 僅かここ数年で、いわゆるエンタメの一つに地位を獲得した携帯小説。 知り合いのPにRちゃんの話をしたところ、携帯小説の何がそれほどまでに彼女たちの心を捉えたのか、そこに何を求め、何を見つけたのか、そんなこんなについての熱い話になった。 基本的には、彼女たちの世代にとっては一番身近な、当然の携帯電話というのがあったわけだが。 正真正銘の活字嫌いにとっての活字だからね。 そこに何があったのかって、そんな話。 「恋空」は小説ということで見たら、実際はマッタク適っていないわけですよね。 情景描写もなく、文章を練ることも一切なく、その場の会話だけでストーリーを転がしているだけ。 私なんぞ、駄目ですから。 小説好きとしては、あんなのはまるで駄目。 賛否両論あるでしょうが、だから書籍化されてからの評価は、話題ということで売れたにはせよ、小説というものを一応は知っている世代には否が多かったようですね。 Pも私も、揃って否。 逆に、小説を拒むRちゃんたちにとっては、そこが気負いなく入りやすかった。 と、出だしからギャップしかないように思えますが。 唯一、彼女と一緒に理解したのは、灰色の向こうということ。 若い、青い、青春という括りの中に必ずや存在する、灰色の向こうの白ということ。 Rちゃんが、「ミカがね、ヒロがね…」と早口に言う中で、あ〜それなら分かるって。 たとえば「恋空」は、レイプあり妊娠あり病死ありなんていう壮絶な、っつーか、どー考えても矛盾ばかりの素人演出じゃないかと切り捨てたい展開の連続だけれども。 最後に愛が残る。 美しい空に永遠に誓える愛が見える。 灰色の向こうの白というわけです。 小学校六年生。 汚い世の中も、嘘も、欺瞞も何となく分かってきちゃった、でも明日がある、白紙の未来は山ほど、夢も出てきた、気になるクラスメイトも、アイツと話していると楽しい、つまらない学校も捨てたもんじゃない… 「恋空」は極めて拙い、素人ネエチャンの言葉の羅列に過ぎないけれど。 嫌らしい商売的臭さはしっかりとあるのに。 ねえ。 一応は、青春の一つを伝えているわけですよ。 ひどい形であれ、とりあえずの大事なことを伝えている。 携帯小説擁護では決してございませぬが。 実際あんなのスカスカだし。 Rちゃんにはもっと別なホンモノから学んでほしいと心から思いますが。 話し相手の50代Pがあまりに頭から批判したので、私はちょいと別な方向から眺めてみたというところでしょうか。 毎日を生きるということは、灰色なことばかりです。 昨日は笑いあった友が今日はソッポを向いてきたり、褒めてくれたはずの先生が今度は認めてくれなかったり、大好きだったはずの両親が不意に自分を理解してくれなくなったり… 六年生のRちゃんだけじゃなく、30のワタシにとっても、生きるってこんなこと続きですけどね。 ハハハ… でも生きなきゃいけない。 朝が来れば、どんなに灰色でも、学校へ、会社へ行かなきゃいけない。 こんな灰色、いつ終わるんだろう。 不安だし、辛いし、淋しくもある。 でもいつか白い未来が来るならば… 真っ白な未来に何の絵を描くか、どんな色を付けるか、それは自身次第。 「恋空」のごとく愛を掴むでもよし、友情でも家族でも会社でも、白紙には何でも描ける。 まあ、Rちゃんの場合はお年頃、完全に恋オンリーだった(笑) そういう白を支えに、灰色を生きるというわけです。 って…纏まらぬ戯言になりましたが。 実際、Pとの話も纏まらぬまま、ぐにゃぐにゃだった。 ま、我々業界の打合せという名の雑談って、毎度こんなもんなのですが。 はあ。。。 第一、灰色どころか、黒ですからね! あたしゃの毎日なんぞ! 真っ暗続きで、なかなか白なんぞ見えてきませんや、けっ! と、ちょっと愚痴ってみる。 ますます纏まりませぬが。 私が小説や映画やドラマを好きになったのは、それらが生きるということを教えてくれたからでした。 名作に限ってのことですが。 逆に浅はかな作品はゴミ以下ですね。 毎日をどう生きるか、こんな場面の時、あんな事件の時、どう対応すればいいのか、そんなことを様々に教えてくれるからでした。 我が家の場合、父は彼自身の言葉で人生のあれこれをそれなりに時に応じて教えてくれましたが。 それはとてもラッキーなことで。 あらゆることにおいてというわけにはさすがにいかないし。 それを補ってくれるのが名作たちでした。 私はヒントや答えを求めて、名作を探したし、実際それらにこれまでも今も、ものすごく助けられ救われている。 Rちゃんも同じなんじゃないかって、そう思いました。 身近にあったのは哀れなことに、薄っぺらな「恋空」だったけれど。 この時代、親も教師も、周りのオトナというオトナは何も教えてくれないし、信じられなかったりしますから。 まあ、Rちゃんのお母様はしっかり者の、なかなか素敵な方ですが。 ちょっと口煩いですが(笑) 生きる答えを、探して求めた。 それは私も彼女も一緒なんじゃないかと。 ってなわけで、マジ纏まりませぬが、最後にもう一個。 Rちゃんと同じ年の頃、いや、もうちょい上かな、中二くらいの時に、「パテオ」というテレビドラマに熱中し、仲良しの何人かと映画館まで足を運んだことがありました。 前半はテレビ放送、結末は劇場でという、そういや、当時としては目新しい、メディアミックス作品だったんですねえ。 これは当時のCXらしい、軽快な肩のまるで凝らないエンタメ作品でした。 正義は悪に勝ち、勇気を出すことが大事で、自然保護は人類の課題というような極めてストレートな人生メッセージが至るところに入っていたし。 けどRちゃんの「恋空」はドロドロ人生ストーリーだものね。 しかも描写は極刑に値するくらいのいい加減。 こういうのが若者に届いてしまうのはやはり問題だ。 うん。 ドロドロと言えば、昔も大映テレビモノが流行ったけれどさ。 ワタシも色々見ていたけれど。 あちらの方が、さすがにずっとマトモだったような。 出生の秘密をオハコに、家族関係とかそれなりに描いていたし。 私たちの頃はまだマトモだったって、みんな言うけれど。 理系企業の努力で生活様式は便利になってゆくばかりだけれど、そこで「生きる」ってことには無駄に複雑に曖昧に、宜しくない方向にばかり進んでいるのやもしれませんね… |
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ご近所のサザンカ
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2007/12/21(Fri)
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さざんか さざんか さいたみち
たきびだ たきびだ おちばたき あたろうか あたろうよ きたかぜぴいぷう ふいている ![]() 旦那の駐車場への道にあるお宅で咲いている。 寒い冬、ワタシなんぞいちいち暗く後ろ向きになりがちだが… その季節を敢えて選んで、厳しさの中に咲く花もあるのですね。 |
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